元優等生の行く末

気づけば、心はまだ学生時代の教室に取り残されたままだ。
あの頃、私はそれなりに優秀だった。
テストの成績は上位、ノートは几帳面で、かなり記憶力が良かった。
テストの順位や点数で自分の価値を測り、数字に依存して自尊心を保っていた。
しかし、それだけだった。

「このまま進めば、大物になれる」

そう信じていた未来は来なかった。
学生時代、私は自分が選ばれた側の人間だと信じていた。
根拠のない自信だったが、周囲の期待や学歴がそれを肯定してくれる気がしていた。
しかし、現実は違った。

就活は思うようにいかず、ようやく入った会社でも納得がいかず、今は瀕死の状態で日々をやり過ごしている。
ただ息をして、耐えているだけの毎日。
思い描いていた未来とはまるで違う。
こんな生活を続けていて良いのか、いや、良いはずがない。
そんなことは分かっているのに、何もできていない。
くすぶっているという言葉が今の私に完全に当てはまる。
社会の中で「大物になる」どころか、自分の居場所すら見つけられないまま時間だけが過ぎていく。

職場にいる人間たちに嫉妬もしない。
むしろ、何も感じない。
私の中ではもう、勝負は終わっている。
自分が本当に優秀だったら、もっと違う場所にいたはずだ。
もっと賢く、もっと要領よく、もっと自然に生きられたはずだ。

学生時代、私は全力で背伸びしていたのだと思う。
自分が「できる側」にいないと、この社会に居場所なんてないと思っていた。
しかし、どれだけ成績が良くても、人間としての芯がなければ何も残らない。
私はそれを証明する生きたサンプルだ。

進学までは、「正解」と呼ばれるルートを選んできた。
しかし、その先に続く道を、私は見失った。
社会に出た私は、ただの凡人だ。
空虚な優等生の末路が、今ここにある。

「大物になれる」と信じていた過去の自分を、今の私は直視できない。
間違っていたとは思いたくない。
でも、その信念が私を狂わせたのかもしれない。
何者にもなれなかった。
今の私は、あの頃の自分に対する裏切りそのものだ。

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